第18回 口座別の証拠金、ヘッジ阻む
金融の教科書を読むと、「投資とはリスクをとることだが、すべてのリスクはヘッジできる」と書いてある。ヘッジというのは、ようするに保険をかけることだ。
僕は最初、この意味がさっぱりわからなかった。ヘッジでリスクがなくなれば、残りはいいことばかりじゃないか。
もちろん、世の中にこんなうまい話はない。保険をかけて悪いこと(リスク)をなくせば、いいこと(リターン)も同時に消えてしまうのだ。
それでもヘッジという考え方は、十分に魅力的だ。
たとえば日本株を900万円分持っているとして、「株価は一時的に下がるだろうけど、そのあと持ち直す」と予想したとする。ヘッジの手段がなければ、いったん売って買い戻すしかないが、デリバティブを使えば日経225先物を1枚売っておくだけでいい。
あるいは米国債を800万円分持っているとして、当分は円高が続くと予想したとする。為替差損を避けるために債券を売却すれば配当を受け取れなくなってしまうが、FXで10万ドルを売り持ちすることで為替リスクをヘッジできる。
どちらも教科書には当たり前みたいに書いてあるけれど、実際にやろうとすると、こんなふうにはぜんぜんうまくいかない。
たとえば僕が、証券会社に900万円分の現物株を預けているとしよう。そこでヘッジのために日経225先物を1枚売ろうとすると、同じ証券会社の先物口座でも、証拠金が別に必要になる。さらに株価が上昇する(先物の売りポジションで損失が発生する)と、追い証まで要求される。
でもちょっと待ってよ。現物株で先物の損失と同額の利益が出ているんだから、プラスとマイマスが相殺されて損益ゼロのはずでしょ――と文句をいってもぜんぜん相手にされない。
FXも同じで、証券口座に米国債を保有していても、ドルを売るときには別に証拠金が必要で、ドル高(円安)で損失が出るとポジションが強制的に決済されてしまう。米国債で為替差益が出ているのに、勝手に解約されたらヘッジの意味がなくなっちゃうじゃないか……。
この問題を解決するのは、ものすごく簡単だ。証券口座と先物口座、FX口座を統合して、すべての取引で証拠金を共有できるようにすればいい。これで、米国債を担保にFX取引をしたり、日本株や個人向け国債を担保に日経225先物・オプションを売買できるようになる。ヘッジもレバレッジも自在に使えるのだから、これはものすごく便利だ。
もちろん10年前は、こんなことは夢物語だった。でも今はプロセッサの計算能力が飛躍的に向上したから、技術的には、異なる市場の損益をリアルタイムで管理するのはぜんぜん難しくない。ヘッジファンドでは当たり前にやってきたことが、個人でもできるようになったのだ。
できるんだったら、さっさとやればいいのに。それをサボるのは怠慢だと、僕は思う。
橘玲の「不思議の国」探検 Vol.16:『日経ヴェリタス』2010年10月17日号掲載
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