バーナンキ米FRB議長、「幸福論」を大学で講演
(以下WSJ日本語版記事から全文引用)
バーナンキ米FRB議長、「幸福論」を大学で講演
米連邦準備理事会(FRB)のバーナンキ議長が8日、サウスカロライナ大学の卒業式で講演したが、テーマ は複雑な現代の中央銀行の業務ではなく、経済学の専門家らの間で長い間議論の対象になっている「幸福」。経済学はそもそも、人間の幸福をいかに向上させるかに関する学問だ。18世紀と19世紀の経済学者兼哲学者であるジェレミー・ベンサムやジョン・スチュ アート・ミルらは功利主義理論を発展させた。
元プリンストン大学教授のバーナンキ氏はサウスカロライナ州で育ったが、この日の講演で幸福について興味深い見解を示した。以下は同氏の幸福論。
お金は大事:富裕国は貧困国に比べ、多くの資源を保有し、それを医療や栄養の向上や公衆衛生のほか、職場の安全などに振り向けることができ る。これらの理由により、富裕国は貧困国よりも平均寿命が長く、乳幼児死亡率は低下し、一般的に健康状態も良好だ。米国も同様に裕福となり、寿命が伸び、 健康状態を表す他の統計も改善している。多くの人が評価しているもう一つは、クリーンな環境である。大気と水質は、政府の経済指標のなかで経済活動の最も 広範な尺度である国内総生産(GDP)には含まれていない。ただ、一部のエコノミストはそれを含めるやり方を編み出そうとしているが。しかし、再び言う が、富裕国は当然、貧困国や中所得国よりも財とサービスを生産している事実があるにもかかわらず、クリーンな環境を維持し、大気と水質を改善するより多く の資源を持っている。富裕国にはより多くの余暇、あまり肉体的に疲れない興味のある仕事がある。また教育水準が高く、旅行する余裕があり、芸術や文化のた めの財政支援もある。
しかしお金がすべてではない:数年前、経済学者リチャード・イースターリン氏は次のような見解を示した。どの国の富裕層も調査に対し、自国 の貧困層よりも自分たちの生活を幸福だと思っていると回答する。しかし、イースターリン氏によると、国がさらに富裕になるにつれ、食住など基本的な生活水 準が達成されると、あまり幸福感があるとは回答しなくなる。例えば現在、米国人の大半は自分たちの生活を幸せと回答するものの、その比率は40年前の調査 よりも高くはない。当時の米国の平均所得はかなり低く、携帯電話、インターネットのようなものは想像もできなった時代だ。生活必需水準をいったん超えれ ば、概して富裕国の人々は低所得国の人々に比べ、非常に幸福だとは回答しなくなる。上記の事実はこの経済学者の名前から「イースターリン・パラドックス」 と呼ばれている。米国人の幸福度は、1人当たりの国民所得が米国の4分の1のコスタリカ人と同程度だ。
幸福度は隣人の状態も重要との研究報告:人々の幸福は周りにいる人々の富に比べ、自分の絶対的な富にそれほど依存していない。大半の国民が 1頭の牛しか所有していない国に住み、自分が3頭所有していれば、社会的な地位と自尊心は高くなり、幸せを感じるだろう。しかし、自分の周りのいる誰もが 高級車を所有し、自尊心が傷つけば、高級車とSUVを持たない限り、自分が特別だとは感じないだろう。この相対的豊かさの仮説により、富裕国の人々は自国 の貧困層よりも幸福だと思っているが、なぜ富裕国の人々は概して貧困国の人々に比べ、幸福度が低いかが説明できる。
しかし社会的な出世と金持ちになることは精神面で有害:給料のよい仕事を得ることが大学に行く一つの理由であり、自分自身と家族のために経 済的な保証を得ることは重要で称賛すべき目標である。われわれが全員、承知していることだ。給料が高いだけで仕事を得たい誘惑に駆られれば、注意が必要 だ。多額の所得は最初は刺激的だが、新たな生活水準に慣れ、その所得相応の人々と付き合うにつれ、そのスリルは直ぐに消え、お金だけでは十分でないことが 分かる。実際にお金のために高給の仕事に就くことは、家族と過ごす時間が減り、ストレスなど増えた場合、幸福ではなくなる。
人生では没頭できるものを探そう:幸福な人々は友人、家族と時間を過ごし、社会・地域との関係を大切にする。われわれは社会的な生き物であ る。幸福のもう一つのファクターはそれほど明確ではないが、「フロー(flow)」という概念だ。仕事、勉強、趣味などあまりに没頭している時に時間の経 過を忘れることがないだろうか。これがフローと呼ばれている。この感覚を持ったことがなければ、仕事であれ趣味であれ、何か新しい活動を見つけるべきだ。 幸福とは、自分の環境に完全に適用してしまう人間の習性に抵抗することにより、高めることが可能となる。一つの現実的な提案は、あなたが感謝する経験や出 来事などをリストアップする日記をつづることだ。
そして正しいことをする:エイブラハム・リンカーン(第16代米大統領)に関する話を思い出す。その話はこうだ。リンカーンは雨の降る晩、 友人と馬車に乗っていた。リンカーンは友人にエコノミストが言う「行動の効用最大化理論」を信じていると話した。つまり人間は絶えず、自身の幸福の最大化 のために行動するという。馬車が橋を渡った時、川岸の沼地に一頭の豚がはまり込んでいるのを発見。御者に停車を命じたリンカーンは雨のなか、沼地から豚を 救出し、安全なところに運んだ。泥だらけになったリンカーンが馬車に戻ると、友人は厄介なことに身をおいて豚を助けることは、その理論を否定しているので はないかと指摘。「全然そうではない」とリンカーン。「わたしのしたことは完全にこの理論に沿ったものだ。あの豚を救わなければ、嫌な気分を味わったこと になったからだ」と強調した。
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