中国では格安の電気自動車が作られている?

この記事も、たまさかツイッターのTLに流れていた。
注目したのは、中国ではすでに通常と変わらぬ値段の電気自動車が作られている、というくだり。

電気自動車を作るのはやさしい?

今週初め、キリンビールとサントリーが経営統合を目指した話し合いをしていると報じられました。国内市場が飽和しており海外市場に精力的に乗り出すというのが理由のようです。これを読んで「そうだろうな、これがビジネスをしている人達の感覚だ」と思いました。昨年末からの不況で輸出産業が大きく落ち込んだのを受け、「日本は内需拡大に切り替えだ」「グローバルを目指す時代は終わった」と経済を論じる人達の声が強くなりましたが、ビジネスをやっている当事者からすれば「なに、寝ぼけたことを・・・」というのが正直な意見だと思います。実際、先月に発表したトヨタの新体制をみても、4人の副社長が日本、北米、ヨーロッパ、その他を地域ごとに担当します。海外市場をより丁寧に追うための仕組みを作っています。サントリーとキリンの経営統合も、内向きにやっていたら商売が前進できないとの判断に基づいているのでしょう。

この半年くらいでガラリと状況が変わったのが電気自動車にまつわる話。将来的に内燃機関から電気に動力が変わるだろうと長い間言われてきて、それでも四つのタイヤでボディを支えるという形は変わらないだろうとも言われてきました。しかし、自動車会社の囲い込みなど色々な要因がありますが、電気自動車は常に「遠い存在」でした。それが一気に現実的なレベルになってきました。三菱自動車のEVは普通の倍近い価格ということもあり、市場は実験的な匂いを感じていますが、中国では既に通常に近い価格の電気自動車も作られ、「あれが足りない、これが足りない。だから主流にはならない」と批判しているうちに、世の中の趨勢は思ったより早く進んでいます。

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だからか、電気自動車を作るのは簡単だから、経済を車業界に頼っていてはいけないという論も出てきます。慶應大学の池尾和人教授が「自動車は日本を救えるか」とブログに書いていますが、これも一例です。素材産業も日本の強みですが、それは別として、これもまた違和感のあるアプローチです。それはどういうことかと言えば、内燃機関の自動車は作るのは難しいか?という問いが可能だからです。自動車は内燃機関で差別化を図るため、内燃機関に重きを置いてきましたが、これは本当に「差別化」になっていたのでしょうか。ヨーロッパで19世紀に自動車が誕生して以来、ものすごい数の自動車メーカーが存在してきました。今の中国をみれば分かります。中国には100を越える自動車メーカーがあります。全てが採算にのっているわけではないですが、とにかく、これだけの数があり、それが可能なのはエンジンを外から購入しているからです。エンジンを外から購入するのは、大メーカー間でも昔からある商形態です。また、ヨーロッパのスポーツカーメーカーや日本の光岡自動車のような会社は、外部のエンジンでユニークなクルマを作っています。F1の世界でのエンジン供給をみれば、自動車は内燃機関が全てという論理とは違うところで動いていることが明白です。

ハンドリング性能や乗り心地あるいは運転におけるHMI(ヒューマンマシーンインターフェース)が実はクルマ作りのキーであり、だからこそ、多数のカーメーカーが淘汰されてきたという歴史があったはずです。そしてTVや携帯電話が調子が悪い、扱い方がよく分からないということであった場合、スイッチを切ってみるということができますが、走っているクルマではそれができません。かつ、前述したようなキーアイテムは、今の内燃機関のクルマであっても開発途上であると言え、対人対物の自動車事故発生数をみれば納得のいくことです。したがって、クルマ作りが難しいか?易しいか?という問題は、極めて高度な層別をしていかないと判断しずらく、いわんや内燃機関の自動車は難しく電気自動車が簡単というのは、電池のインフラなど別の問題を脇においても、やや現実感覚に乏しいのではないかとも思います。北朝鮮がロケットを発射し原子力を開発できるのをみて、これらの技術を易しいというか、難しいことをクリアとしたというべきか。よく言われることに、工業製品で戦車までは一人のエンジニアで設計できるといいます。もちろんクルマもそうです。これをどう見るか?です。

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